サムライウエスタンもどき
風が鳴る。
わずかな水のみを糧に生きる雑草がまばらに生える大地に風が鳴る。
乾いた大地に住む人は、その心すらも乾かすのか。
一人の少女を、複数の男が囲んでいる。誰もが屈強な男で、脆弱な少女が太刀打ちできる相手ではない。さらに、男たちの腰には拳銃が吊り下げられていた。
周囲の大人たちは誰もが見ない振りをする。
少女が今まさに手篭めにされようとしているにもかかわらず。
乾いた大地に住む人は、その心すら乾いている。
「おい・・・」
少女が絶望した時、その声は聞こえた。その声は救世主の声に聞こえた。
「なんだてめえ!」
ズボンを下ろした男が、それを引きずり上げながら怒鳴る。
お楽しみを邪魔された憤りだろう。
その憤りは、楽しみを中断した人物を見て、安堵に変わり嘲りに変わる。
その人物は、インクのように黒い髪を後頭部で纏め上げた小柄な男である。衣服は替わっており、彼らの言う原住民たちの衣服とどこか似通っていた。だが、顔立ちも衣服の模様も彼らのものとは異なっていた。
明らかな異国人。言葉もどこか固くたどたどしい。自分たちの世界が中心だと思っている男からすれば、まさに嘲るべき対象であった。
そして、その男は小柄だった。ともすれば少女と見まちがうほど小柄だった。そこで怯えて震えている少女と同じくらいの、そうせいぜい、160センチほどの身長しかなかったのだ。
「は、すっこんでなガキ」
男からすれば、その男は子供にしか見えない。自分たちより20センチも身長が低く、その細い胴体は彼らの二の腕ほどの太さしかない。彼らはその勘違いした男を笑い、お楽しみの続きにいそしもうと再び少女に手を伸ばす。
「おい、やめろ」
男は再び静止した。
荒くれ者どもは、二度もとめられて大人しくしているほど心の穏やかな人物ではない。
その静止に対する答えは、彼の持つ武力そのものだった。彼らにとって異国人、異教徒、原住民の命など、自分の体に住むノミよりも価値のないものだったのだ。
故に、軽率に抜かれた拳銃は、抜かれた直後に火を放った。彼は荒くれ者達の中では早撃ちの名手として知られている人物だったのもこの行動につながる要因である。彼は気に入らないものを反撃させずに殺すことを最も得意としていた。
今回も、小うるさいガキを一撃で殺してやろうとしたまでの話なのだ。
ゆっくりと倒れる。鮮やかな鮮血を撒き散らしながら。鮮血は乾いた大地を赤く染め、そのわずかなぬめった水分を一瞬にして吸収した。
誰もが息を飲んだ。
死んでいたのは異国の男ではなく、早撃ちの名手の方だったのだ。確かに銃弾は放たれた。だがしかし、目の前で少し長めのナイフを構える男に何故かそれが届くことは無かった。そして、そのナイフこそが、仲間を一瞬で殺した得物の正体である事も気づく。
荒くれ者達は、ある意味でプロだった。
一言も発せず、すぐさま腰の得物や、手にした大型のショットガンやライフルを構える。
たった一人の男に対するには明らかに過剰な反応だが、反撃された以上完膚なきまで叩きのめすしかない。
もはや、少女を気にする人物は一人もいなかった。けれども、少女の足は震えて動かない。体が固まり、めくられたスカートを直すことも、ずり下ろされたショーツを引き上げることもままならない。
「行け」
しかし、そんな少女に向かって、囲まれている異国の男はそう呟いた。その一言で少女の呪縛は解けた。ゴムに弾き飛ばされる石のようにその場を去る。
「死ね」
それを合図に、男たちの引き金にかけられた指が動いた。
異国の男は刀を顔の前まで引き上げ、両手で構える。
「参る!」
直後、数十発の銃弾が響いた。
酒場の店主はその光景を一部始終見ていた。何しろ少女は彼女の娘であり、彼女の店のウェイトレスだったのだから。彼は、酒場に来た客が娘に暴行を働くのを指をくわえてみているしか出来なかったのだ。
店主は嘆息した。
信じられないものを見たからだ。
「冗談・・・だろ」
酒場の前の広場では、大の男、近隣に名を轟かせている荒くれ者達が7人赤い池に沈んでいた。
乾いた大地は水分を一瞬で吸い取る。にもかかわらず、その大地が吸い取れないほどの血液が巻き散らかされていたのだ。
もちろん、それらの生産者は娘を犯そうとした荒くれ者達だ。
全てが一刀で殺されている。
信じられないことに、異国の男は銃弾をかいくぐりそしてあるときは銃弾を打ち返し、彼らを1分足らずで皆殺しにしたのだ。
異国の男は何事も無かったかのように、腰の鞘に刀を納めた。
無事だった娘を抱きしめながら、店主は男に声をかける。
「あなたは・・・いったい」
「俺の名は、宮元小太郎」
たどたどしい言葉でそう告げ、足元に転がる真っ白なハットを手に取る。そのハットは今殺した荒くれ者の一人がかぶっていたものだ。
まぶしそうに日差しに手をかざした後、それをかぶり、ひとことはき捨ててその場を去った。
「俺は宮元小太郎。サムライだ!」