ヴァナ・ディール紀行 秘めたる刃

 その時見た光景を私は忘れることが出来ない。
 それほど衝撃的だったといえる。
 目の前には人の数倍の大きさを誇る甲殻虫が居た。シャクラミと呼ばれる洞窟で、最強最悪を誇る生物である。その獰猛さは追随を許すことなく、同じ洞窟内に生息するモンスター達すらも獲物としている。彼らはヴァーミンと呼ばれる種の、巨大な芋虫を特に好んで捕食していたが、時折洞窟に迷い込む人間も、その捕食対象としていた。
 故に、ウィンダスに住む人々は、シャクラミの洞窟へはめったなことで足を踏み入れない。
 私とレダ、そして、ボイスの3人は、故あってこのシャクラミに足を踏み入れざるを得なかった。極力、この巨大なサソリだけは避けようとしていたのだが、私がうかつだった。風の結界により、一切の音を遮断する魔法をかけていたのだが、その効果が途切れた隙を縫うかのように、巨大サソリに捕捉されてしまったのだ。
「ここは任せろ! エリック、ボイス!」
 レダは、その背に背負った大きな斧を構え、巨大サソリに対し威嚇する。
 レダは屈強な戦士として成長していたが、それでも、一人で勝てる相手ではない。
 私も魔法で彼女を援護するが、さしたる効果は無い。否、効果は発揮しているが、それでも埋めがたい戦闘力の差があった。
 助けるを求めるように周囲を見回す。
 しかし、助けてくれそうな人物など当然居ない。ここは人が寄らぬ場所なのだ。そして、ボイスが姿を消していることに気が付いた。
 私は彼女を恨んだが、それも仕方ないことなのかもしれない。敵は強大で、彼女はミスラ族だ。すばやく手先が器用だが、さほど戦闘に向いているわけでは無い。何より、彼女自身の装備が軽装で、その手にした武器は刃渡り15センチほどのナイフである。野外生活の場において便利な道具ではあるだろうし、人間同士の接近戦ならば有効な武器であろうが、この巨大な甲殻虫の前では、まるで爪楊枝みたいなものだ。
 巨大サソリの凶悪な爪が振りかざされる。それは明らかな大ぶりではあった。普段のレダなら避けることも出来ただろう。だが、レダはその一撃をかろうじて斧で受け止めるしかかなわなかった。
 レダは弾き飛ばされ、土壁に叩きつけられて崩れ落ちた。息はあるが、もはや風前の灯である。
「やめろおおおおおおおお」
 私は、雄たけびを上げて滅多に使わない剣を振りかざした。その剣は常に紫電をまとっている。赤魔道士特有の魔法剣の効果だ。非力な魔道士の攻撃の威力を上げてくれる。
 だが、そんな私の攻撃も、強固な甲殻に阻まれる。言っていたでは無いか、ギルドの連中が。
 野生の生物の甲殻は、時に鉄よりも固いものが存在すると。
 二度、三度と剣をそのサソリの背後から叩きつけるが、動きを止めることすらかなわない。
 そして、その巨大な尾が大きく振り上げられた。その先端はとがっており、人間などたやすく貫き通してしまうだろう。その尾にたとえ毒が無かったとしてもそれは何の慰めにもならない。
 その尾はレダめがけて振り下ろされた。
 私は思わず目を閉じた。
 目を開けたとき、思わず安堵し、その場に崩れ落ちそうになった。だが、レダが生きていたとは言え情況が好転したわけでは無い。私は震える足腰に活を入れ、その手にした武器を再び、巨大サソリに振り下ろそうとした。
 レダは、その死の一撃を間一髪で避けていた。もはや動くのも億劫だったろう。それでも、彼女は生きると言うことを諦めていなかった。
 這いずり回りながら転げまわりながらも、その剣呑極まりない一撃を紙一重で避けた。
 サソリの尾は柔らかい土壁に突き刺さっている。
 わずか、ほんのわずかの間。
 完全に、巨大サソリの動きが止まった。
 その時見た光景を私は忘れることが出来ない。
 それほど衝撃的だったといえる。
 私の動体視力では影しか捕らえられなかったが、私の背後から何者かが駆け出し、巨大サソリの背に取り付いた。
 巨大サソリの背は人を二人くらい乗せることが可能だろう。だが、それは非常に困難だ。だが、その影は、一瞬、動きを止めたサソリに難なく取り付く。
 そして、その手にした獲物を振るった。
 それと同時に、サソリの背中から飛び降りた。
 一連の動きはわずか数秒で、いや1秒ほどの時間で行われたにも関わらず、ひどくスローモーションに見えた。
 巨大サソリは一瞬だけ体を震わせ、そして動かなくなる。
レダ、大丈夫かにゃ?」
 影の正体は逃げたと思っていたボイスだった。
「見た目よりは平気のようだ」
 ボイスの差し出した手を握り、レダは立ち上がる。
 私は呆然とそれを見ていた。
「ただ、もう少し早くあれをやってくれたほうが助かった」
「ごめんにゃ。隙がなかなか無かったのよ」
 ミスラ独特の方言は、その場の緊張感を解きほぐしていった。
「ボイス、逃げたんじゃなかったのか」
 私は思わずそう尋ねた。巨大サソリと戦っている間、今の今まで彼女の姿は見えなかったのだ。
「ひどいにゃー。私が二人を見捨てるわけ無いよ。こっそり隙をうかがってたにゃ」
 私はそれを聞いて、ミスラ族が天性の狩人であることを思い出す。仲間のピンチも自分の危機の間も、冷静に、冷酷に、ただひたすら息を殺して、秘めたる刃を、必殺の一撃を決める隙を伺い続けていたのだ。
 レダもまた、それを悟り、サソリをひきつけていたに違いない。
「は、はは・・・」
 私は、助かったと言う実感と、それと同時に二人の間にある信頼感、そして、二人を信じきれなかった情けなさがあいまって、その場にしゃがみこんでしまった。
 そんな私を見たレダは、私のそばに立って、こう言った。
「そんな顔をするな。それより、傷を癒してくれ。体に傷が残ってしまうだろ」
 恐らく、私の気持ちを察していってくれたのだろう。戦う以外にも役に立つ方法はある。彼女は私にそういいたかったのだ。
「そんなことより、早くここを出るにゃ。あのサソリは一匹じゃないよ」
 一瞬和んだ空気に飲まれたが、ここはまだ危険地帯なのだ。
 レダは私の腕を取り、私を立ち上げさせる。
 まだ、この地でやるべきことを果たしたわけではなかった。
 魔法により肉体の回復及び修復と、私の荒れた呼吸を整えた後、私たち3人は、シャクラミのさらに奥を目指してその歩みを進めた。



 今回は不意打ちの話。
 ただ、背後からと言うだけでなく、決定的な隙を見計らうみたいな雰囲気にしました。
 最後の一撃も、普通の一撃ではなくイメージはバイパーバイトあたりで。まあ33以上のシーフが、シャクラミのサソリ程度に苦戦するわけが無いんだけど。
 しかし、レダはやられ役が多いなあ・・・。
 続くように見えて、終わってるので注意。
 別に場所はどこでも良かったわけで、まあ序盤の方の地方で、見た目が怖いモンスターって言ったら、シャクラミのサソリかなあと。FFやってて初めてサソリ見たときはビビったし。
 虎でも良かったんだが、虎よりもサソリの方が大きく固そうなイメージから。そのでかくて固いサソリを一撃で倒せると言うギャップから敵とその敵が居る場所を選んで書いてみた。
 あと、エリックの背後から飛び出したって言うのは暗にだまし討ちのイメージも盛り込んで足りする結果。