1018年11月 その1 いざ、大江山!!

 毎年11月と12月のみ大江山の門は開かれる。冬の大江山は、耐えることない吹雪に覆われている。この、一番厳しい季節のみ、大江山の門戸が開かれるのだ。
「寒い、どうしようもなく寒い」
 大江山に足を踏み入れた瞬間、延ばした手すら見えないほどの吹雪に見舞われた。
「寒いのは何も今始まったことじゃないでしょう?」
 両手で自分を抱きしめながら体をこすっている妹を、姉の豊代がなだめた。
「そうだけど」
「行くぞ」
 鬼切丸は娘たちのたわいのない会話を遮った。
「あ、ハイ」
 鬼切丸の鬼気迫る気迫に押されたように豊代が返事する。実際、鬼切丸はいつも以上に眉間にしわを寄せていた。
 彼にとって朱点童子を討ち取るための最初で最後の機会である。その悲壮な決意がにじみ出ているようだった。ここ2ヶ月ほどは、初陣のころの頑なさから解き放たれたような雰囲気だったが、初陣のころの鬼切丸に戻ったようである。
 一方の豊代にとっても、朱点童子討伐の機会はおそらく、今年だけである。今年の討伐に失敗した場合、おそらく、来年の今頃はこの世に居ないはずだ。はずだというのは、短命の呪いとやらにかけられたが実際2年足らずで死んだ一族の例がないため、どこまでが事実かどのように老衰死するのかわからないのである。
 しかし、豊代には父のような悲壮感はない。どちらかといえば、3人そろって無事に下山できれば良いと思っていた。
 3人で一番若い夕顔に関しては、いつもどおりあっけらかんとしたものである。
 常に落ち着いている豊代といつもどおり子供丸出しの夕顔を見ていて、鬼切丸は、自分の余裕のなさを実感していたが、こればかりは性格なのだろう。はやる気持ちを抑えることが出来ない。
「雑魚は相手にせずに進むぞ。狙うは朱点の首ただ一つ!」
 夕顔はうなずくと、懐から結界印を取り出し掲げる。3人は陽炎に包まれる。これで鬼どもに見つかりにくくなるはずだ。
 大江山に足を踏み入れた直後に、どこからともなく声をかけられた。
「黄川人か・・・」
 既になじみとなった半分透明の幽霊のような青年が声にこたえるように姿を現す。
 天界の伝令役とのことで、ここ数ヶ月、何かと一族に助言を与えてくれていた。
「今日も、何か助言をくれるのか?」
「どちらかというと、頼みかな」
 いつも軽薄そうな黄川人とは違い、どことなく真剣な表情を見て取れた。
「へえ、そういう顔してるほうがかっこいいよ。普段馬鹿みたいだし」
「馬鹿とは失礼だな」
 夕顔にいつもののりで返事してから、黄川人は軽く咳払いする。
「今日はちょいと マジな話なんだ」
 と、切り出した。
「あまり時間がない。手短に頼む」
「いつも、困っちゃうくらい淡白だね」
 淡白といわれて鬼切丸は思わず赤面してしまう。かつて交わったことがある二柱の神にも同様のことを言われたことがあるからだ。
「君たちの重荷になると思って、今まで隠してたけど。ボクも、君たちと同じようにあの鬼の呪いを受けてるんだ。たぶん…」
 黄川人はそこで言葉を切った。
「なるほど、だから、朱点打倒は同じ目的。天界がお前を伝令にしたのはそういう理由があってのことか」
 黄川人は鬼切丸の言葉を肯定する意味で首を縦に振った。
「たぶんだけど! あいつを倒せばボクの体がこの世に戻る! そうすれば君たちと戦え…」
「誰とです?」
 黄川人の言葉に豊代が突っ込む。
「そうだね。朱点倒しちゃったら、敵はもう居ないもんね」
「あ、あははははは」
 黄川人の乾いた笑いが響く。
「あレレレ…!? あの鬼を倒せば、もうこの戦もおしまいだっけ?」
「そうだな。だからこそ、俺はこの一戦に命を賭けている」
 どうしようもなく冷めた空気を読めない男、鬼切丸は真剣に答える。
「う〜ん、そりゃ残念。ボク、こう見えて意外と強いんだよ。アハハ…」
 夕顔と豊代の視線が黄川人に突き刺さる。
「いやホント、ホントだってば! アハハハハ…」
 どんどん笑いが乾いていく。
「そうか、お前が一緒に戦ってくれるなら心強かったのにな」
 もはや補うことが出来なくなった空気をまだ読めない鬼切丸は、真剣な表情のまま、黄川人を慰めた。
 黄川人は困ったような表情を浮かべて、その男の二人の娘を見た。二人は首を横に振る。黄川人は諦めたように首を振った。
「今の君たちならきっと勝てる! それだけの苦労をしてきたこと、ボクは知ってる、信じてるからね!」
 そういうだけ言い残して、そそくさと、黄川人はその場から姿を消した。
「一体、何しにきたんだろうね・・・」
 夕顔がボソリとつぶやいた。
「励ましに来てくれたんじゃないのか?」
 鬼切丸はどうも真剣にそう思っているようだった。
「ねえ、お姉ちゃん。お父さんって、実は天然?」
 豊代は肯定も否定もしなかった。