風よ万里を翔けよ

 久々に読んだ。田中芳樹の中国物第一弾。田中芳樹の中国物を全部読んだわけじゃないが、数冊読んだ中で、これが一番面白い。
 田中芳樹の最近の本の内容はいまいちな部分が多い。自説の政治論が入ったり、関係ない社会批判が入ったり。それでも面白ければよいのだが、根本的につまんない。この人、才能かれちゃったんじゃないだろうかと思うくらいに。
 しかし、この本は俺にとって結構重要。出たのは結構前で1990年代の前半だったと思う。買ったのは7年程前か。
 この本のおかげで、俺は中国史三国時代モンゴル帝国時代以外に興味を持つようになったといっても過言ではない。
 しかし、今読み直すと不満点も多い。
 花木蘭を主人公に据えているものの、彼女の役回りはストーリーテラーでしかない。実際の主人公は隋の皇帝煬帝だ。話の半分は隋の話で、その合間合間に花木蘭の話が挿入されるといっても過言ではない。
 この物語での彼女の軍歴において、もっとも輝かしいのは河南討捕軍時代であろう。張須陀の元で秦叔宝や羅士信等と肩を並べて戦ったのだが、物語中に、彼らと木蘭の会話と言うものはほとんど無い。2年9ヶ月も一緒に戦っていたと言うのにだ。ページの都合もあったのだろうが、あまりにこの討捕軍時代の話を説明だけで終わらせすぎている。無論、戦争描写などはあるが、あまりに散文的過ぎる。はっきりいって会話ほとんど無し。作品中でも木蘭がまともに会話している人物は、賀廷玉と沈光の二人だけといっても過言ではない。
 木蘭自体がかなり伝説色の強い人物なので、中々実在の英傑と絡ませにくかったのだろう。と言うより、田中芳樹があまりからませたくなかったのだろう。歴史を書きたいと言う彼の希望と、小説家であると言う事実とのせめぎ合いの結果、ああいう中途半端な存在になってしまったように思える。実際に、これを書くに当たって相当調べたらしく、沈光などという、中国でもマイナーな人物を取り上げたりしている。彼はマイナーゆえに小説として扱いやすかったのかもしれない。
 全体として、隋が滅んでいく過程がまざまざと見える作品であり、その点は非常に面白いのだが、逆に、英雄物語としては物足りなさ過ぎる。こう、中途半端になるならば、花木蘭などを題材にする必要は無かったのではないかと思うくらいにだ。賀廷玉という架空の人物は、まあ、田中芳樹が書く、ごく平凡な人物*1。それよりも滅び行く隋に最後まで忠誠を尽くす、張須陀や沈光などがきらりと光る作品でもあった。

*1:朴念仁だが実力はある。根はいい人