朱点閣去る橋の戦い

「はあ、はあ、何とか逃げ切ったか・・・」
「どうやら、その、ようです」
「もうだめ、休憩。のど渇いた・・・」
 夕顔は倒れこむと同時に新雪を口に含む。
「水分にだけは不足しないわね」
 朱点閣に続く橋の手前で3人はようやく一息ついていた。
 その姿は既にぼろぼろだ。神々に与えられた一族の装束は血で赤く染まっている。鬼の血だけでなく、彼らの血もその中には多分に含まれていた。
「門番だけでなく、中の鬼も強いときたものだ」
 朱雀大路にはびこる鬼、というより天狗は、門番であった仁王に匹敵する強さを誇っていた。むしろ術だけならば双仁王を上回っていた。太刀風の術は一瞬で新京極の一族を追い詰める。
 朱雀大路にはびこる鬼どもから完全に逃げ切ることは出来ず、三度刃を交えた。その三度すべてが死闘となった。最後の1戦に関しては当主の腕輪の力を借りることになったほどだ。ここに来て、既に切り札を使ってしまっていた。
「よし、行くぞ」
 ほんのわずかな時間、呼吸を整えるだけの間を取った後、鬼切丸がそう告げた。もう時間が無い。普段なら夕顔が文句のひとつも言うのだろうが、その余裕は既に無い。
 神妙な顔つきで夕顔は頷く。豊代のほうには何も言わない。彼女が何も言わなくても自分の後についてくることを鬼切丸は確信していた。そして、豊代は実際そのとおりであった。
 断崖絶壁の上に架けられた橋を3人が渡っていく。先ほどまでの鬼の群れが嘘のように静かだ。しかし、空気がビリビリと震えているのを3人は感じていた。何も殺気に敏感な鬼切丸だけではない、他の二人も察知できるほどの殺意が橋を支配していた。寒気を感じるのは何も気温の低さだけではない。
「ここが朱点閣・・・」
「来るぞ・・・」
 ここまで来て不意打ちは無い。門扉は盛大な音を立てて大仰に開いていく、そしてその先から、身の丈十五尺ほどの4本腕の大猿が橋を揺らして現れた。
「これ、こいつの重みで橋が落ちるとか言う罠じゃないでしょうね」
 震える声ながらも夕顔が軽口を叩いた。
「神妙かと思ったら、いつも通りか」
「そう、いつも通りよ」
 夕顔が弓を構える。
「そうか、いつも通りか」
 鬼切丸も刀を構える。
「なら、いつも通り鬼を斬るか」
 鬼切丸が駆け出すと同時に、猿の奇声が朱点閣去る橋に響いた。
「先手はもらった!」
 鬼の血か自らの血か、無数の血がこびりつき、変色した柄を握り締め、鬼切丸は刃を振るう。しかし、
「速い!」
 先手を取ったのは、鬼切丸ではなく、石猿田衛門であった。
 身の丈より長い、子供の胴ほどの太さもある槍をいとも軽々と振り回し、必殺の突きを放つ。しかし、その突きは鬼切丸ではなく、その背後を追走していた豊代を捉えた。
「豊代!」
「お姉ちゃん!!」
 そのまま豊代は地面に投げ出され、橋に積もった白い雪が赤く染まる。
「こいつ!」
 鬼切丸は怒りのまま、刃を石猿に叩き込んだ。
 しかし、その一撃は小手であっさり受け止められる。小手には傷ひとつついていない。
「何て硬さだ」
 鬼切丸に向かって、巨大な円月輪が投じられる。それを辛うじて刀で受け止めるた。夕顔の援護射撃を受けつつ、鬼切丸は豊代の倒れる位置まで下がる。
「豊代。豊代」
 名前を呼びながら、お雫の術を施す。
「う、うう。お父様・・・」
「生きていてるな」
 娘を気遣いながらも、石猿からは目を放さない。
「なるほど、硬いわけだ」
 石猿も、新京極家が立て直すのを見ているわけではない。その間に、石猿の術を施していた。
「武人の重ねがけで奴の皮膚をぶち抜くぞ。いいな」
「はい」
 出血だけは辛うじて止まった豊代は頷いた。
 夕顔は何か言いたそうだが言葉を飲み込む。
 石猿の当たれば即死につながる攻撃を避けつつ、3人は武人を次々と鬼切丸にかけて行く。
「よし、そのまま引き続き、俺に武人を」
 鬼切丸はそういって石猿の前に仁王立ちした。
「こい、猿!」
 石猿の大刀が振り下ろされる。それを皮一枚で回避した鬼切丸は、極限まで強化された刃を振り上げた。
「うっきいっやああああああああああああああああああ」
 石猿の悲鳴が轟く。鬼切丸の一撃は、石猿の大刀を持った腕を切断していた。そのまま振り上げた刃を石猿の眉間に振り下ろす。
 血しぶきを上げ、地を轟かせて石猿が倒れこむ。
「ふう・・・」
 鬼切丸は肩で息をしながら刀を杖にしゃがみこんだ。
 呼吸を整え、豊代の方に歩き出した。
「大丈夫・・・」
 同時に殺気を感じ、鬼切丸は振り返る。相当疲弊していたのだろう。いつもの鬼切丸なら殺気と同時に回避行動を取ったはずだ。
 振り向いた先には倒れたまま槍を投じようとしている石猿の姿が見えた。
 ヒュン。
 鬼切丸の耳に風を切る音が響く。
 石猿は結局、槍を投じることなく崩れ落ちる。
「油断大敵よ、お父さん」
 弓を構えた姿勢のまま、夕顔が不敵な笑みでそう告げた。
「そうだな。まだ、敵は残っているしな。豊代。行けるか?」
「はい、ここまできたら、残るは朱点だけでしょうし」
 そう、ついに、ここまで来た。
 残るは朱点閣、朱点のみ。
 傷ついていないものなど誰も居ない。3人が3人、致命傷に等しい傷を追っている。しかしそれでも、宿敵を前にいつも以上に気力が充実している。
 ついに、長き戦いに終止符を打つときが来たのだ。
「行くぞ、朱点閣に。新京極家! 突撃!!!!!!」


 石猿の必殺突き、豊代が死に掛けたのはびびった。残った体力がが12。大江山アタック18回の中で石猿まで来れたのが14回。うち2回は敗走してるのだが、その2度ともが一撃死。こいつの攻撃力だけは侮れない。ただ、暴れ石は使うものの、結界印さえ使えれば一番楽に勝てるボスには違いないんだが。仁王ズは負けはしなくても時間かかることがあるからなあ。時間が勝負のあっさりでは長期戦は出来るだけ避けたいんだよな。まあ、パターンにはめれば楽勝だったので、道中で失った時間を取り戻せたのがラッキーだった。
 この時点で、炎のこり1個・・・。
 しかし、止めが夕顔の23点のダメージ。鬼切丸頑張ってたのになあ。